なるみと読む徒然草 第七十段
陶主日記
令和八年八月十四日(金曜日)晴れ
午前六時十五分起床。
朝のお通じあり。
今朝は『徒然草』第七十段を読む。
短い一段であるが、読み始めてすぐに、何やら不穏な空気を感じた。
【原文】
元応の清暑堂の御遊に、玄上は失せにし比、菊亭大臣、牧馬を弾じ給へるに、座に著きて、先づ柱を探られたりければ、一つ落ちにけり。御懐にそくひを持ち給ひたるにて付けられにければ、神供の参る程によく干て、事故なかりけり。
いかなる意趣かありけん、物見る衣被の、寄りて、放ちて、元のやうに置きたりけるとぞ。
清暑堂での御遊。
宮中の雅びな場で、琵琶を奏でようとしたところ、その柱(じ)が外れて落ちた。しかも後には、衣被の者が近づき、わざと外して元のように置いていたという。
兼好は、
「いかなる意趣かありけん」
と書き残す。
最初は、人の心の暗がり、悪戯、恨みのようなものとしても読める。しかし、読み進めていくうちに、この段を一個人の心情だけに収めてしまうには、あまりにも政治色が強いように思えてきた。
これは、ひとつの破壊工作ではなかったか。
表では王朝文化の雅びな儀礼が続いている。
しかし、その内側には、何者かの意図、思惑、対立が忍び込んでいる。
時代は、王朝政治と武家社会が入り乱れ、やがて「ばさら」の精神が大きく台頭していく頃である。
古い秩序はまだ形として残っている。
しかし、その柱はすでにどこかで外れ始めている。
そう思うと、この琵琶の柱の出来事そのものが、時代の象徴のようにも見えてくる。
兼好は、こうした空気を知っていたのだろう。
彼の立ち位置は、決して一般の庶民のそれではない。和歌の名手であり、当代の知識人であり、宮廷文化を深く知る人でもあった。
中枢に近い。
しかし、近すぎない。
離れている。
しかし、遠すぎない。
物事の全体が見える、ちょうどよい位置に身を置き、その距離を保ち続ける。
これは相当な感覚を持つ人でなければできない。
兼好は、時代の風に敏感でありながら、その風に呑み込まれない。
王朝の昔へ回顧して逃げることもなく、新しい力に熱狂することもない。
ばさらという精神的な革命が起こりつつある時代にあって、冷静にその変化を見つめ、それでも自分という「個」を失わず、今を生きている。
そこに驚く。
中世の人でありながら、現代の知識人さえ羨むような、自由な思考を持っている。
しかも、その自由は孤立したものではない。
世間を捨てて高みに立つのでもなく、社会の中に身を置きながら、自分の眼で見る。
古いものにも、新しいものにも、権威にも、流行にも、自分自身を明け渡さない。
だからこそ、『徒然草』は七百年を越えて、今の私たちの暮らしにも直接響いてくるのだろう。
第七十段は、兼好という人が、ただ人生の機微を語った随筆家ではなく、時代の中枢近くにいて、その異変を感じ取る鋭敏な記者のような眼を持っていたことを教えてくれた。
しかも、知っていることをすべて書くのではない。
書くことの危うさも知っている。
だから、
「いかなる意趣かありけん」
とだけ残す。
名指しをせず、断定もせず、しかし出来事そのものは消さない。
その沈黙の中に、かえって大きなものが残る。
読み進めるほどに、兼好という人の魅力にはまっていく。
『徒然草』は、古典の教科書として読むだけでは、あまりにも惜しい。
時代が大きく変わる時、
人はどう立つのか。
何を信じるのか。
何に流されず、何を自分の眼で見るのか。
そのことを、一段一段、静かに問いかけてくる。
今の時代、日本人がもう一度読むべき本なのではないか。
そんな思いが、今朝は強くなった。
昔を懐かしむためではない。
今を生きるために読む。
それが、『徒然草』なのかもしれない。













