令和8年3月12日 陶房の1日

令和八年三月十二日

今日は一日、伏原窯のこれからについて静かに考える時間になりました。

仕事のこと、窯のこと、これからの時間のこと。

いろいろと整理する一日になりました。

伏原窯の仕事は、京焼の流れの中で

古清水

乾山

仁清

交趾

という四つの様式を背景にしています。

乾山の仕事として生まれた器が

「雪笹向こう付け」と「青もみじ紋平向こう」です。

京焼の仕事を始めて三、四年ほど経った頃、古清水の仕事から乾山の世界へ移った頃に生まれた器です。

青もみじは近年注文も増え、長く料理屋さんに使っていただいている器になりました。

ただ、伏原窯の核心の器はどちらかといえば「雪笹」だと自分では思っています。

静かな余白の器で、伏原窯の考え方が一番よく表れている器だからです。

作陶の方では、今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕事を進めました。

葉脈の線を彫り終え、器の裏に三匹の鮎の足を付けました。

鮎の大きさは三三ミリ。三足で器を支える形になります。

表から見ると笹の葉ですが、裏を返すと小さな鮎が泳いでいる。

そんな少しの遊びが、この器の面白いところです。

伏原窯を始めたのは三十歳の時。

気がつけば長い時間が流れ、これから窯は五十年に向かいます。

轆轤はあと十年ほど挽くでしょう。

その後も仕事は続いていくと思います。

森本さんに窯を継いでもらいながら、若い人たちへ仕事を手渡していく。

自分は一生、基礎の積石のような役目でよいのだと思っています。

今日一日いろいろと整理して、最後に残った言葉はやはりこれでした。

普通が一番。

山の工房で器を作り、料理人に使っていただく。

静かな仕事を続けていく。

伏原窯の「なるみ」の一日でした。

なるみ庵 春のはじまり

工房の朝は、だいたい静かです。

猫は窓辺で丸くなり、湯はゆっくりと沸きます。

土の匂いも、まだ眠たそうです。

そんな朝に、伏原から早咲きの桜の写真が届きました。

河津桜仕事場の近くの早咲きの桜

太極拳の先生が

「桜は毎年きれいと言われていいわね。私は枯れていくばかり」

とおっしゃったそうです。

その話を聞いた陶主は、

「枯れるのではなく、熟すのでしょう」

と言いました。

花を咲かせる人は多いけれど、

実を結ぶ人は少ない。

最近、陶主がよく口にする

「なるみ」という言葉。

こころが暮らしになり、

暮らしがかたちになっていく。

その途中の景色を、

これから少しずつ綴っていこうと思います。

ここは、なるみ庵です。

時計

時計の針が進む。
夜の十二時を過ぎると
さっきまでの今日が
昨日になる。
つい今しがたまで
今日だったものが
昨日と呼ばれる。
何も変わっていないのに
ただ時計の針が
一つ進んだだけで
世界は
昨日と今日に
分かれてしまう。
私は
その境目に立って
考える。
昨日とは何だろう。
今日とは何だろう。
さっきまでの今日が
昨日になるなら
今というものは
どこにあるのだろう。
時計は
何事もなかったように
進んでいく。
私は
その音を聞きながら
時間の不思議を思う。

今思えば、
あの時私は
時間というものを
初めて自分の目で
見たのかもしれません。
机の上の小さな発見でしたが、
私にとっては
とても大きな出来事でした。
それからしばらくして、
私は旅に出ました。
十八歳の時です。

その詩を書いたのは
夜でした。
机の前に座り、
時計を見ていると、
十二時を過ぎた瞬間、
さっきまでの今日が
昨日になる。
その時私は
時間が進んでいくことが
少し怖かったのです。
けれど同時に、
私は何か大事なことを
見つけたのではないかと
感じていました。

時計

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静かに、再び。

伏原窯のブログページは、

しばらく更新が止まっておりました。

窯の火は絶えることなく、

日々の仕事は続いています。

あらためて、ここから。

静かに記録を重ねてまいります。

特別なことはいたしません。

窯のこと。

器のこと。

季節のこと。

そして、日々の整え。

「なるみ」の心で、

淡々と。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

伏原窯