今、分かった

なるみ庵

今日は静かな一日でした。

陶主は貝形小向付の手捻り、私は秋草沓形深鉢の絵付です。

秋草紋沓形深鉢

仕事がのってくる夕方、小さな蛤を作りながら陶主がおもむろに

「今、分かった。没入没我、

小さな発見の繰り返しに面白さがある」と。

貝形小向付

本当に今わかったと云うのである。これは素直に受け取っていいのか、何かその後ろに意味があるのか。

また、焼き物の形がなっていくのは一瞬であるとも。

素人さんは、この一瞬を掴めない。

ここが、玄人の技の見せどころである。

陶主は貝屋さんが出来るくらいの蛤を作る予定である。

蛤と貝形小向付

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段 令和八年六月十六日(火曜日)曇 午前

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和八年六月十六日(火曜日)曇

今朝は家で徒然草を工房に忘れてきたことに気づいた。電波の具合も悪く、いつもの朝の交信もままならなかった。工房に着いてから、ようやく第十三段を開く。

ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするこそ、こよなう慰むわざなれ。

兼好は言う。一人で灯火の下に座り、本を開いて、まだ会ったことのない昔の人を友とすること──それがこの上なく心慰められることだ、と。都を離れ、ひっそりとした場所に住む人を、世間は「世を嫌って隠れ住んでいる人」と言う。しかし煩わしいことが耳に入らぬのであれば、心穏やかでいられる。青山を眺め、月や花を友とし、水や石の風情に心を慰める──それが隠遁者の楽しびなのだと。

一字 旅

見ぬ世の人を友として、時を越えてつづく旅をあらわす一字。

一句

旅つづく しづけき声や 夏の雲

なるみのことば

逝きし友、来る友、皆共に帰りなん。夏雲のゆく先を問わず。

兼好のいう「見ぬ世の人」とは、千年を超えた旅の道連れのことだろう。白氏文集を開けば白楽天がいる。老子のことばには荘周がいる。文字の向こうに、その人の息づかいがある。孤独ではない。

泉南のこの工房も、都の喧騒からは遠い。けれど本さえあれば、時を越えた友がそこにいる。器をつくることもまた、その長い旅の途中にある。どこへ向かうかを問わず、ただ旅をつづける。それが「なるみ」というものかもしれない。

今日、仁清波紋飯碗の削りを終えた。波紋が静かに広がっている。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしきや

  1. 令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしき「同じ心ならん人と、しめやかに物語して、世のはかなき事をも、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに」と兼好は言う。心の通う人と、たわいない話も、人生の無常も、隔てなく語り合えたらどんなに嬉しいことか。けれど「さる人あるまじ」——そんな人はまずいない、と。

少し意見の違う相手とは、表面的な慰め合いはできても、「まめやかの心の友」には遠く隔たってしまう。この「少し」の違いが、実はいちばん厄介なのだと思う。まったく違う相手なら最初から期待しないが、「少し」似ているからこそ、その隙間が気になってしまう。

「友遠方より来る、また楽しからずや」というが、語らえる人は万にひとつ、あるかなきやというのが実感に近い。

けれど、ふと思う。隔たりを生んでいるのは、「我」を立てて他者を見ているからではないか。他者は自己、自即他——その境地に立てば、「少し」の違いも、隔たりではなく、ただの違いとして軽く見えてくるのかもしれない。

肝胆相照らす、とは言うが、言うは易し。これは求めて得られるものではなく、自己の計らいを超えたところに、初めて生まれるものだと思う。求める限り「あるまじ」、計らいが落ちた時、ふと「ありぬ」となる。

わびしきや、と兼好は嘆く。だがそのわびしさを抱えたまま、ゆっくり熟成を待つ。それもまた、なるみの一つの形なのだろう。

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一段

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一

令和八年六月十四日(日曜日)曇り 午前六時三十分

今朝も坐禅を終えてから、岩波文庫『徒然草』を開いた。第十一段。

神無月のころ、栗栖野という所を過ぎて、ある山里を訪ねた折のこと。苔の細道を踏み分けてゆくと、心細げに住みなした庵があった。聞こえるのは、木の葉に埋もれた懸樋から落ちる雫の音だけ。閼伽棚には菊や紅葉が折り散らされていて、人が住んでいる気配が、ほのかに伝わってくる。

兼好はそれを見て、「こうしてでも暮らしていけるものなのだなあ」と、しみじみとした趣を感じる。ところが、ふと庭の向こうに目をやると、大きな柏子の木が一本、枝もたわむほどに実をつけていた。その木の周りだけ、厳重に囲いがしてある。それを見て、兼好は少し興がさめてしまい、「この木がなければよかったのに」と思った、というのである。

一字 閑

木の葉に埋もれた懸樋の雫だけが音を立てる、庵の静寂をあらわす一字。

一句

柏子垣 囲ひて庵の 閑を断つ

なるみのことば

「住みなし」の風情は、人の手が完全に行き届かぬところに生まれる。閼伽棚の菊・紅葉は、住む人の心が自然と添えられた跡。されど柏子の木を厳重に囲ったとき、その「なるみ」は止まってしまう。

ものを大切にすることと、ものを守ることの間には、わずかな、しかし確かな違いがある。守りすぎれば、そこにあった時間の流れ──木が枝をたわめ、実を結び、誰かに採られ、また実を結ぶという循環──が止まる。

工房の道具も器も、使われ、時に欠け、それでもまた手に取られることで「なるみ」を続ける。囲い込んでしまえば、それは資産にはなるが、もう「育つもの」ではなくなる。

囲いを完全にするか、すべて開け放つか──その間の「半分半分」というところに、心の置きどころがあるのかもしれない。社会との接点、煩わしさとの向き合い方は、一度整理がついて終わるものではなく、その時々で加減を探り直す、続く課題なのだろう。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

粘葉本和漢朗詠集 ふたたび開く

なるみ庵

ー粘葉本和漢朗詠集を書くー

ここ最近、陶主が一字一句というのを書いている。陶主が書き終えた後、私も書く。五月三日から始めたので一月と少し経ち、気負いせずに書けるようになってきた。

随分前になるが、仮名文字を習いたくてお習字教室に通っていた頃、粘葉本和漢朗詠集に出会い購入したものの、あまりの忙しさにお習字もやめ、本も開くことなく仕舞ってあった。

粘葉本和漢朗詠集

これを出してきて、一字一句の後にお稽古を始めることにした。

以前は、書いてある漢詩や和歌の意味が分からず取り付きにくかった。今はAIや検索で、意味や読み方まで簡単に調べることができるので、とても気持ち良く書き出すことができる。

本は四季に分かれて構成されており、夏から始めることにした。

続けて書くことが目的なので、少しずつ書いていこうと思う。

和漢朗詠集ー夏「更衣」

夏「更衣」

背壁残燈経宿焔 開箱衣帯隔年香

生衣欲待家人着 宿醸当招邑老嘗

 

朝の静かな場面から始まって、最後は人を招いて賑やかに——

白居易は地方に赴任することが多く、その土地の人々と温かく交わる様子がよく詩に出てきます。「邑老を招いて」というところに、そんな人柄が感じられる一句です。

 

 

陶主日記 令和8年6月13日徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

  • 陶主日
  • 記 令和8年6月13日(土)
  • 徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

曇り空の静かな土曜日の朝、第十段を読みました。

住まいのことを語りながら、兼好が本当に語っていたのは、いかに生きるか、ということでした。

華やかに飾らず、しかし日々の手入れを怠らない。珍しがらず、しかし荒れるままにもしない。調えて、また整える——その静かな繰り返しの中に、本物の奥ゆかしさが宿るのです。

あるがまま、素直、中道、言挙げをしない、とらわれない。古今の賢者たちが様々な言葉で語ってきたことは、結局ひとつのことでした。

心は良寛、暮らしは兼好法師。

偏りすぎない。それが「普通」ということであり、普通とは平凡ではなく、最も難しい境地——中道のことです。

静かに心を見つめ、こころの声を聞きながら、静かに暮らしを立てる。

今朝、兼好の声を聴きました。

云うがやすし、日日を調えて また整える、夏隣

窯元日々雑感 令和八年六月十二日(金)

陶主日記

六月十二日(金)晴

今朝の一段は、第九段。

兼好は女の美しさについて語るようで、じつは「惑い」の根の深さを静かに解いています。

物越しにも、その人の心ばえは知れる——と兼好は言います。直に向き合わなくても、滲み出るものがある。器もそうだと、ふと思います。棚に並んでいるだけで、つくり手の心が見える。それが「かたち」というものの力でしょう。

六塵の欲はやがて飽きられる。けれど色への執著だけは、老いても根が深い、源が遠い、と兼好は書く。これは批判ではなく、人間という存在への驚きのように読めます。

惑うことは、生きていることの証かもしれません。

 

窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

徒然草 第八段

  1. 窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

今朝は徒然草の第八段を読みました。

兼好さんはこう言います。「世の人の心を惑わすもの、色欲に勝るものはなし」と。あの久米の仙人でさえ、川で物を洗う女の白い脛をふと見てしまって、空を飛ぶ術を失ってしまった。賢い人も、聖なる人も、この一点だけは心が揺れてしまうものなのですね。兼好さんは静かに嘆きます——「人の心は愚かなるものかな」と。

でも私は思うのです。

色と闘うなかれ、と。

色欲は生命の根本です。闘えば必ず負ける。仙人がそれを証明してくれました。こころの表面で惑うくらいなら、じっと留まっていれば、風のように過ぎ去ってくれることもあります。けれど魂の奥まで掻き乱されるような強欲に苛まれたとき——いかにせん、と問うしかない。それが正直なところです。

出家とは、古代の口減らしでもありました。聖なる動機だけではなかった。一休さんも良寛さんも、出家者の優等生ではありませんでした。一休さんは愛する人を持ち、良寛さんは貞心尼と歌を交わした。それでもこの二人が七百年を越えて人の心に残っているのは、色も欲も全部抱えたまま、それでも美しく生きたからではないでしょうか。

良寛さんはこんな句を遺しました。

裏をみせ表をみせて散る紅葉

隠さない。裏も表も、そのまま見せて、散る。これが晩年の境地だったのでしょう。

齢七十になった私も、正直に申し上げます。

色は匂えど、ちりぬるを。

まだ匂っています。枯れていません。魂はまだ騒ぐことがある。だから今日も轆轤がまわるのだと思っています。

色欲との和解は、まだ先でいい。遊行期まで、この騒ぎを連れていく。それが私の、なるみです。

わびさびという言葉があります。欠けて、錆びて、枯れていく美しさ。それも好きです。でも私が目指したいのは少し違う。

綺麗さび。

色めきながら、品を失わない。裏も見せながら、濁らない。そういう美しさです。

そしてその綺麗さびが、長い時間をかけて自然に熟れていったとき——それをなるみの美と呼びたいと思います。

わびさびは完成した美。綺麗さびは咲いている美。なるみの美は、今もまだ熟れていく美です。

今日も轆轤は回ります。

梅雨の合間の風が、工房に吹き込んでいます。

哲学はもう十分しました。あとは手を動かすだけです。

伏原窯 陶主日記 第八段

第七段 陶主日記

第七段 陶主日記

令和八年六月十日(水曜日)曇

世は定めなきこそいみじけれ。

今朝、徒然草の第七段を読みました。

あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。もしこの世に永遠があったなら、ものの哀れなど感じようもない。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

夏の蟬は春と秋を知らない。かげろうは夕暮れまで生きられない。それでも命は、その短さの中で完結しているようです。兼好はそれを憐れとは見ていないようでした。

窯の火も、定まりません。焼き上がるまで、どんな器になるかわかりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。

定まらないから、あきない。定まらないから、次の窯が楽しみになってきます。

「いみじ」とは、すばらしい、という意味だそうです。無常をすばらしいと言い切る、その清々しさが好きです。

梅雨らしい、静かな朝を迎えました。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月十日(水曜日)晴

令和八年六月十日(水曜日)晴

今日は梅雨の晴れ間でした。

朝、支度を整え、zazenの後、仕事場で一字「聴」を書きました。梅雨の声を聴く——そんな気持ちで筆を執りました。

梅雨の声 光きらめく 夏隣

徒然草の第七段を読みました。あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

世は定めなきこそいみじけれ。

この九文字が、今日一日、心の中に静かに響いていました。

窯の火も定まりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。定まらないから、あきない。

無常の儚さこそ永遠に影。写し身こそ哀れなりけれ。

しきしまの大和心——散ることを知り、今盛りと桜咲く。そしてかろみとなって、今を生きる。それが伏原窯の表現したい、日本の水脈だと思っています。

夜、工房で飯碗を一碗仕上げました。梅雨晴れの一日でした。

伏原窯 陶主 博之

ねかせます

なるみ庵

今日は先日焼けた器を取りに、堺から料理人のFさんが来られた。

高速に乗ると昼間でも一時間かからないそうです。

陶主もかなりのお話好きですが、Fさんもなかなかです。今日も楽しいお話になりました。

出汁をとる昆布は寝かすそうで、しかも湿度が高いほうが良いとか、ウナギの焼き方の秘訣など。伺っても真似できない話ばかりですが、とてもレアな話題でした。

和んできて器の話に入ります。料理人さんの実際に使って、「こういうものが欲しい」という、明確なイメージを伺うのが醍醐味です。未来の話はとても楽しい。

四時に来られて、八時まで瞬く間に時間が過ぎて行きました。

お土産に梅の甘露煮をいただきました。

梅の爽やかさと上品な甘さが記憶に残る美味しさでした。お砂糖と水だけなのだそうです。脱帽です。

青梅の甘露煮

治療中のO氏の快復祝いに、Fさんのお店に行くお約束をしておかえりになられた。

情報量が多いので今日はここまで、ねかせます。

 

窯元日々雑感 第一回 令和八年六月八日(月) 梅雨

窯元日々雑感 第一回

令和八年六月八日(月) 梅雨

梅雨曇りの朝、坐禅を終えて徒然草を開いた。今日から一日一段、岩波文庫の原文で読み始める。手元には角川ソフィア文庫の二冊も揃い、兼好法師との対話が始まった。

第五段。不幸に沈むわけでも出家を決意したわけでもなく、ただ静かに門を閉ざして、誰かを待つでもなく日を明かし暮らす——兼好はそういう生き方を「あらまほし」と言う。

若いころから侘び寂び、禅、茶道、書道、能と折に触れ親しみながら陶芸を続けてきた。だから兼好の言葉は「初めて知る」のではなく、「ああ、これがそういうことだったのか」と確かめる読書になる。先達の境地を学ぶ、とはそういうことだと思っている。

待たないから、満ちる。

今日の一字は**「満」**。筆を執って墨をたっぷり含ませ、一気に書いた。

待たぬ身に こころ満ちゆく 梅雨の月

なるみのことば——

満たされた こころに味わい なるみかな

工房では森本さんと今日の企画を話し合った。「窯元日々雑感」という題も生まれた。そしてふと、もう一句が口をついて出た。

ひびきあい 梅雨くれゆきて蛙なき

七百年の時空を超えて、兼好とひびきあう。待っていたのではなく、ふと来た言葉だった。

食卓には徒然草二冊。とうもろこしご飯、豚肉炒め、ぬか漬け——くらしの中に本がある。夜は親子丼とアサヒZERO。工房では仁清波紋飯碗の成形が静かに進んでいる。

つれづれなるままに、季節の中でくらしを立てたる、日々の綴り文——始まった。

仕事場の一日

なるみ庵

今日の仕事場は、昼からいつものYさんがお稽古に来られて合子(ごうす-蓋を合わせる容れ物)の土盛。

しばらくしてデザイナーさんが来られた。例の社長さんにお願いされた桜紋四寸皿のパッケージについて、また今後の伏原窯の展開についてのお話。

ひとつだけ、先方で15日にお渡しする日となっており、なんとか間に合わせるのに色々と案を出した。皆で考えた甲斐あって、箱屋さんのお力添えもいただき、無事に話はまとまった。

デザイナーさんと入れ替わりに、田植えを終えたM氏が「サンダー貸して」と藁切り機を持ってきた。仕事を終えてやって来ていることもあって上機嫌だった。

明日は楽しみにしていた、観音平の紅花山芍薬の日です。が、天気予報は厳しい。

陶主とM氏が「明日は朝から雨や」と大きな声で話している声が聞こえる。

そんなことは、知っている。

なんとか小雨で済めば良いなと思う。

猫の手も借りたい

なるみ庵

昨日、民謡の先生から梅をいただいた。

今年は7キロ。毎年、「もう梅の季節になったか」と思う。

大きな特Aが1キロ、小ぶり梅干用が3キロ、梅酒用が3キロ。

先生はバリバリのA型で仕分けが素晴らしい。

昼食後に陶主と梅干の作業をする予定でいたら、丁度N氏が、日曜の観音平登山の件で来られた。

猫の手も借りたい状況、手を貸していただいた。

洗った梅の水分を拭き取る作業は結構手間で、N氏のお陰で大変助かりました。

終わってからお茶をして、「また金曜日に最終判断しましょう」と言って帰られた。

残りの梅は、梅酒と梅シロップにしようと思います。因みにたぁはずっとウロウロして邪魔をしてくれました。

幽玄の声

なるみ庵

 

民謡のお仲間に水間寺の寺僧をされているMさんがおられます。

この方は以前、水間で料理屋をされていたそうです。お手製のかき餅やふりかけをよくいただきますが、いずれも良い塩梅でとても美味しいです。

昨日、民謡の先生が

「Mさん、ふりかけに山椒は使うやろ」

と、山椒の実を持って来てくださいました。私も少しいただきました。

山椒の実

裏山の山椒も気になりましたが、今回いただいた分だけで下処理をしました。

独特の鼻を抜ける香りがたまりません。

二分茹で、水にさらしました。

糠床用にビリッと刺激を残した分は、三十分さらし、佃煮に入れる少しマイルドな刺激の方は六時間水に浸けました。

 

昼からK氏がT氏とやってきました。世間話から政治、文化の話と大盛り上がりでした。謡の話になり、K氏は子供の頃に母に連れられて謡を習ったそうです。

謡は、「うたうまでに段階がある」と、違いを聞かせていただきました。

段々にお能の世界に入っていくような雰囲気になりました。また薪能の炎に声が反応するのだと。息継ぎは役柄で変わるのだとか。

「幽玄の世界に入って、この世とあの世の繋がりを感じた」と、大変興味深いお話でした。

K氏は御年、八十歳。ペースメーカーを入れていると伺ってます。

ですが、場を凌駕するお声でした。

恐れいります。

 

交趾の色

なるみ庵

今日の仕事は交趾貝形小向付の重ね盛りです。

交趾貝形小向付-青

 

絵の具を全面に塗り、色を出すことを交趾と呼びます。

江戸時代、日本の朱印船貿易でホイアン周辺(現在のベトナム中部)に渡った商人たちが、この地を「交趾」と呼んでいました。

そこで入手され、日本へ箱ばれた色鮮やかな陶器は「交趾渡り」と呼ばれます。やがてその様式を模して日本で作られたものが、交趾焼と呼ばれるようになったそうです。

 

伏原窯の交趾は、ひとつずつ筆で盛っています。多いものでは5回を超えるものもあります。

少しずつ仕上がっていく様子がとても楽しい絵付です。

交趾貝形小向付-重ね盛り

最後の工程

なるみ庵

今日の仕事場は、窯出し。

2026/5/19窯出し

 

それから、発送作業でした。

陶主と二人で梱包し、箱詰めしました。

遠方まで送るので、ウレタンやプチプチ、紙段ボールを使って厳重に包みます。

待っていただいているお客様へ届く、最後の工程「梱包」は、とても重要です。

 

伏原窯はゆうパックにて送るのですが、集荷に来てもらうのに、最近では前日に予約をしておかないといけなくなりました。

山間だから仕方ないみたいです。

余談ですが、最近は寝てばかりの「たぁ豆皿」を作りました。

たぁ豆皿

雪笹向付、釉をかける

なるみ庵

仕事場は窯焚きの準備に入りました。

今回の窯には雪笹向付大と無地蓋物、もみじ紋平向が入ります。

雪笹向付の釉掛けの動画を撮ってみました。柄杓がけの音が入っています。

生地が釉薬を吸うのは一瞬ですが、焼き上がりの色の濃さをイメージしながら、釉薬をかけていきます。

一見、簡単そうにみえますが、施釉はとても難しい作業です。陶主の熟練の技を感じます。

青もみじの手

なるみ庵

 

とても良いお天気の中、葛城山へ登ってきました。

九時半集合。

仕事場からN氏の車に乗り、蕎原のキャンプ場の方へ向かう。

水汲み場の前に車を停め、準備体操をして、歩き始める。

十時十五分、Aコースといわれる道を行く。

沢の隣の林道を進み、途中小さな滝がいくつもある。

十一時五分、ハシカケノ滝へ到着、

このあたりから舗装が終わり、山道になる。

ハシカケノ滝

橋を渡ってから50分ほど登ると、ブナの木が見えはじめる。
N氏の話では、1,800本ほど確認されていたものが、最近では7〜800本ほどに減ったらしい。

遊歩道は老朽化したものが新しくなったそうだ。

しばらくすると、龍神さんの鳥居のところへ出た。今日は山滝中学校から登山にこられていたみたいで、体操服姿の学生さんと挨拶する。

我々は石段を横目にブナ林ロードを行く。道路へ出て、龍神さんの入口の辺りで昼食にする予定でしたが、学生さんが大勢いて賑やかだったので、

ブナ林ロードの休憩スペースまで戻り、昼食をとる。

ここで見つけた、青もみじはふっくらとして可愛い形をしていた。

N氏が木のおもちゃを図書館へ寄贈しにいった際に、小さな女の子とハイタッチをしたそうなのですが、とても柔らかくて驚いたと言われたので、

私の頭で繋がり、青もみじが女の子の手に見えてきました。

ふくよかな

おさなごの手か

青もみじ

葛城山の青もみじ

 

十三時三十五分に、降りていく。

下りは重力でどんどん下っていくのを制御しながら、進む。光が変わり、行きとはまた違う景色のように映る。

ふと、変わった植物を見つける。何のキノコかと思って見たら花が付いていた。後で調べると「銀竜草」と言うらしい。

銀竜草

途中、山の水を汲んで、

N氏の優雅な山珈琲をいただく。とても美味しかった。

十五時、ハシカケノ滝まで戻ってくる。滝には虹がかかっていた。

十五時二十分、車まで戻る。整理体操をして、帰路につく。

 

十六時過ぎに仕事場に到着。

陶主が、お菓子を用意してくれていました。

お抹茶を点てて、いただきました。

心配りに感謝です。N氏もとても喜ばれていました。

お抹茶に水羊羹とくるみ餅

文人一年生

なるみ庵

 

仕事場で、数日前から朝の一筆が始まりました。

一文字、一句を書く。

陶主

陶主がずいぶん前から「やりたい」と話していたものです。

気持ち良さそうに書いておられるので、私も真似させてもらうことになりました。

森本

仕事前に一筆。

墨をすると気持ちが静かになる。

書いたものは箱にしまい、また明日。

 

陶主に「文人一年生やな」

と笑われました。

 

仕事は、陶主が蓋物の蓋の削り。

私は笹皿小の色盛。

今日は、ほんの少し芍薬の蕾が緩む、

静かな一日でした。

‎芍薬の蕾

文人一年生

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皆寄りて

なるみ庵

昨晩は、よく降りました。

けれど先週、溝の泥上げをしたおかげで、水は綺麗に流れていてほっとする。

昼から、M氏がそら豆を、

Yさんはお抹茶を持ってきてくださいました。

今日は箸置づくり。

M氏は趣味も多く、お米や野菜まで育てているのでこの時期は大忙しです。

昨日の雨で畑に入れないらしく遊びに来られました。

 

お三時には、皆でお茶に。

お菓子は日根野の茶房、茶和菓の練り切りです。

茶和菓の練り切り

皆寄りて

土をコネコネ

ものつくる

ほんの束の間

時をわするる

時間のたまり

なるみ庵

交趾笹皿の絵の具が足りなくなり、調合する。

乳鉢で小一時間ほどすると絵の具が滑らかになってくる。

そこで、ようやく完成。

絵の具

陶主の修行時代、

森山焼の中村先生に言われた言葉があるそうです。

釉薬を乳鉢ですっていた時、

「すっているのではない、時間のたまりを作っているのだ」と。

 

とても深い言葉だと思いました。

仕事だけでなく、生き方にも通じる言葉の様に思います。

乳鉢を使うたび、いつも思い出します。

桜紋のご縁

なるみ庵

朝一番に、K社の社長さまがお見えになりました。

以前、桜の尺皿をご注文いただき、

人目に触れる場へと、ご縁をいただきました。

社長さまには、この尺皿をご愛陶いただいているそうで、

秘書の方から、社長室に飾られている桜紋四寸皿とともに、折にふれて尺皿を眺めに行かれると伺いました。

今回はその桜紋の四寸皿をご注文いただきました。お世話になった方への記念のお品とのことです。

器を通じてご縁が広がっていくこと。

ありがたいことだと思っています。

桜紋

藤の残るころ

なるみ庵

肌寒さのせいか、藤の花がゆっくりと残っています。

以前お伝えしました、藤が綺麗な場所の、咲き加減を毎日観察していました。

枝ぶりが変わったのか、静かな咲き加減といった感じです。

2026/4/25藤

 

お昼は「水曜カレーの日」で、今日はポークカレーにしました。

梅酒で豚バラブロックに下味をつけてあります。サラダは塩麹ベースの人参ラペにハッサクをプラス。

ポークカレー

スパイスカレーは食後、スッキリするところが気持ち良いです。

 

午後からO氏が、沢山のハッサクを手土産に遊びに来られました。

山椒の木が復活した話をしますと、O氏も好物の様で「6月やな(収穫に立ち会うよ)」と話が弾みました。

仕事は雪笹向付、笹絵付の続き。

陶主は蓋物の削り仕上げ。

 

青空に 高く絡みし 藤の花

どこへ姿を 消したもうたか

 

雪降る器

なるみ庵

伏原窯の冬の定番、乾山雪笹の向付です。

今日は雪を降らせました。

 

白い化粧土を使って、

ひとつひとつ、陶主が特注のザルを使い、

雪を降らせます。

雪降らし

 

雪は二度。

絵付前に一度、

そして描き終えた後に、もう一度。

 

そうすることで、器の中に、

わずかな時間の重なりが生まれます。

 

来週は笹の下絵付です。

手から手へ

なるみ庵

午後から、お客様が出来上がった品物を引き取りにお越しくださいました。
ご注文主はK社の社長さまですが、今回は秘書の方がお見えになりました。

また次のご注文についてもご相談をいただき、次回は社長さまがお見えになるそうです。器について少し話をさせていただきました。
「制作の場を訪ねる機会はなかなかありませんので、興味深いです」との言葉が印象に残りました。

以前、お納めした器について、社長さまと贈られた方とのエピソードも聞かせいただきました。

大切な方への贈り物に伏原窯の器を選んでただけたこと、あらためてありがたく感じております。

贈り物

山の藤

なるみ庵

桜が散り、新芽がまぶしい頃、藤の花が大きな木を覆うように咲く場所があります。

あまり知られていませんが、とても美しい景色です。

山の仕事場へ上がってくる途中にある、貝塚山手のいぶきビレッジ(旧たわわ)駐車場の脇です。

2024.4.25 藤

こちらは二年前の写真です。

昨年はもっと範囲を広げて咲きました。

今年は昨年より立派に咲くだろうかと、身内で噂しております。

 

実はここ数年、藤の花は仕事場の裏側から見える山にも、同じように木を覆って咲く姿が、いくつか見られるようなりました。

藤が蔓延るということは、山に手を入れる人が少なくなっていることのあらわれでもあります。

またある時期を過ぎると、藤は花をつけなくなることがあるそうです。これまでも、きれいに咲いていた場所が、なくなってしまったことがありました。

あと数日もすれば、花が開きはじめます。咲き出したら、またご紹介します。

みんなのなるみ

陶主日記

 

私は長い間、

**岡潔 先生の言われる

「情緒」**を大切に暮らしてきた。

理屈ではなく、

季節を感じ、

人と語り、

食卓を囲む。

そんな暮らしである。

その暮らしを続けてきた中で、

いつの頃からか

私はそれを

なるみ

という言葉で呼ぶようになった。

しかし、これは

特別なものではない。

日本人なら、

本来みんな

こうなるのだと思う。

もちろん、

人それぞれの

なるみである。

人それぞれの暮らしの中で

時間が熟し、

それぞれの実りがある。

これからの時代は、

そんな

みんなのなるみ

で暮らす世の中に

なっていくのではないか。

私は

そう確信している。

伏原窯は、

その小さな礎石で

ありたいと思う。

贈りあうもの

昨日のお届けした筍でお料理され、伏原窯の器に盛りつけた写真を送っていただきました。

岸和田の浪切ホールで、真夏に「久遠アートフェア」を開催していました。絵画やガラス、漆器、茶釜、そして陶芸。さまざまな作家や工芸品が並ぶ展示会でした。

コロナ禍の大変な中での開催でしたが、作家さんとご縁をいただき、年一度のお客様とゆっくり言葉を交わす時間は、日頃山で仕事をしている私には新鮮でした。

会期中には何度も足を運んでくださる方、料理人の方、地元の方々。本当に沢山の方にお越しいただき、ありがたい限りでした。

その中に名古屋から新幹線で来場されたMさんがいらっしゃいました。大変な食通の方で、陶主と鮎や水茄子の話で意気投合し、器の話以上に食べものの話で大いに盛り上がりました。

陶主の甥が水茄子を作っており、料理屋さんに卸すほどの品です。それがМさんの大好物とのことで、新幹線で来てくださったその心意気へのお返しに、一度お送りすることになりました。

二年続けてアートフェアに来てくださったのですが、昨年は急遽、浪切ホールでの開催が中止となりました。水茄子をお送りするご案内の際、「もし良かったら山の仕事場へもいらっしゃいませんか」とお声がけしました。

昨年は陶主に癌が見つかり、手術、そして予後治療となかなか厳しい日々を過ごしました。秋口になり、少し落ち着いた頃に、Mさん仕事場を訪ねてくださいました。

お話を伺うと、Mさんもご病気を抱えておられ「今をしっかり楽しむこと」を大切にされているとのこと。とても深いところで通じ合うものを感じました。

ご実家では、柿やりんごを作っておられるそうで、昨年の秋に沢山送っていただきました。どちらも陶主の大好物です。病後の身体に優しい滋養を届けていただきました。

そのお返しに木積の筍を送るお約束をしておりました。

喜んでいただけたご様子、何よりです。

山に霧のかかる日

なるみ庵

夕方には雨が降り出し、遠くの山々に霧がかかり、幻想的な風景に様変わりしました。

 

私が伏原窯に入門した当初、泉佐野の有形文化財・新井邸で年に一度展示会を開いていました。

多くのお客様が来られる中、いつも丁寧にお祝儀を持って来られる紳士、Tさんがいらっしゃいました。

趣味で陶芸をされていて、陶主との話をいつも楽しまれていました。

何年かして、Tさんは「先生のクラブに入れてもらえませんか」とお願いに来られ、公民館の陶芸クラブの会員になられました。

沖縄ご出身の方で、お土産にサーターアンダギーをよく持ってきてくださいました。

Tさんは、霧のかかる山の景色を好まれ、今日のような日には、ひょっこり上がって来られたものです。

ある時、中国の山岳を巡る絶景ツアーに申し込まれたものの、ご高齢のため保険が適応されず、参加出来なかったと残念そうに話されていたのを覚えています。

 

最後まで、陶芸のある一人暮らしを大切にされていました。そんなTさんを私はとても尊敬していました。

亡くなられてから、もう何年も経ちますが、

こんな日は、Tさんがふらりと遊びに来られるような気がします。

霧かかる山