こんばんは。冷え込みのきつい日が続きます。実家が大阪湾に近いせいもあってか、夜は暖かく羽毛布団一枚で寝ることが出来ました。今朝山に帰ってくると冷たい凛とした空気が流れていました。山の冷え込みは午後7時を回ってくると一段ときつく、工房はストーブ二台を付けても間に合わないくらいです。
一昨日は今年初めて「工芸店様」にごあいさつして参りました。2月になると早速桜の文様の器を自社HPに掲載するようで、見本を早く出すように云われました。その前に三月桃の節句があります。節句用に毬紋の5寸皿も急がされてしまいました。すたっふMさんの仕事はこれで3月いっぱいまで埋まってしまいました。やれやれ、不景気といわれる中仕事に追われるなんて、有り難いことですね。絵描きさんの体調を考えますが、自己管理よろしくお願い致します。
工房は今日「京焼十草飯碗」の削り仕上げに入りました。先週木曜日から落ち着いて工房に入れず、今週は何とか詰め込んで轆轤をして行きたいと思っています。真木さんとのお話ですが、抹茶碗を作るより、いい飯碗を作る方が自分たちにとって喜ばしいことです、と云われます。そこは私も全く一致する考えです。器作りをして30年、飯碗にはいささか自信があります。食器は飯碗に始まり、飯碗で終わると思っているくらいですので。日本人ならだれでもが自身の器として持っているものですが、案外皆さんは無頓着なものです。やれどこそこの何々店のお料理はどうのこうの、美味しかったのなんのと云われていますが、肝心の自分の毎日使う飯碗はどうなのでしょうか?ひとコース何万もするお料理を召し上がっておられるわりには、身近な器にはむしろ冷淡なものです。
三度三度使う飯碗は、作る側には制約の多い器です。それは色々な動作が入って、徐々に手に馴染んで行くからです。そんな飯碗はいつか身体の一部になって、使う人と同化していきます。その様な食器が欠けたり割れたりするだけで、どこか寂しいものです。昔は欠けたお茶碗は漆なんかで修正し使っていました。またその専門職がいて、家家を回って食器を直していました。繕い屋さんですね。今はすっかり物が豊富になってしまいましたので、その様にしてまで使うとなればお茶の道具くらいなものなのでしょうか。「金接ぎ」なんていいますが。
しかし、物が多くなった半面、私は多くの物が無くなったと思います。特にしっかりした職人の仕事が無くなってしまいました。少し前までは簡単にとは言わないまでも、どうにか手に入れることが出来たものが、今はどこにもないことが多くなってしまいました。工芸の材料となると寂しい限りです。私どもは「新古典的」な仕事をしていますが、無くなりつつあるものに、今という生命を息吹かせていきたいと願っています。
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